カテゴリ:@親戚との関係( 4 )
嫌な夢をみました



大勢の人々に囲まれつつ、わたしは未だ逃げ場を探していた。
もう逃げるだけの体力も電車賃もないのに・・・。

わたしを取り囲んでいた人たちの中には、親戚の叔父や叔母、いとこたちの顔もあった。
けれどその誰一人、わたしに手を差し伸べてくれる人はいない。


すっ裸にされてバケツの汚水を浴びせられたわたしは、何かを乞うような目をしていたのか、
更に激しくののしられボロボロの雑巾以下の存在になった。





ひざこぞうの裏側にまで滴り落ちるほどの嫌な汗をかいて目覚めたそんな朝。
全てが嫌になった。
みた夢の断片が、過去に起きた出来事と類似していて、
パズルを合わせるかのように夢の反芻をしてしまう。

忘れたいのに!
そう思えど、無意識に脳で反芻している自分にいらつく。




父にも母にも妹にも、親戚にもつまはじきされるだけのことをしてきたのだから。
死んだ祖母に会いたい・・・

逃げ場がほしい。
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by 001_Thief | 2006-06-25 10:07 | @親戚との関係
叔母たちとの関係



父方の叔母、母方の叔母共に、なにげに距離を感じていたかつて。
父方の叔母については我が母にとっては小姑なわけで・・・我が祖母にとっては実の娘なわけで。

そんな他人をある日突然、親族と呼ぶのだから結婚という制度は妙なわけだ。

父と母は9つの年齢差があった。
父の妹とはいえ、母より年上なわけで、
義妹が年上、という母の立場が幼い頃のわたしにはあまりよく理解できなかったのだが
げんざい、わたしの同居人の妹2人はわたしよりも年上。
何の因果か、わたしも同じ立場。
しかも同居人とは9歳差。


同居人とわたしの間には子供がない。
けれど、同居人の妹夫婦の間には子沢山。
長男である同居人。
立場としたら、肩身が狭い。

年下の兄嫁として、甥や姪に媚びへつらう。こづかいをやったり祝いをしてやったり、
その出費たるもの、年間けっこうな額になる。
だからといって、うちに子がないからと、お返しは一切無し。
なんだか損な気分・・・。


でもそんなことを口にはできない。
うちは子がないから余計な金が掛からんだろうと、何かの折の財布代わりにされるわけで。
同居人は我が妹達が言うことゆえに、甘い。
おのずとそれに従わざるを得ないわたし。


いつの時代も、親戚関係は苦労。
そんなことは皆無の世界で生きてみたいものである。
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by 001_Thief | 2006-06-07 10:10 | @親戚との関係
カラーコンプレックス
わたしには、生理的にどうしてもダメな色があった。

オレンジ色。
あざやかなオレンジ色がどうしてもダメで
身につける服や下着であったり小物、そして部屋のインテリアに至るまで
その拘りは随分長期に渡って続いていた。


わたしには、1歳年下のいとこがいる。
女の子同士ということで、幼い頃は仲良く遊んだ。
物心つく頃になって、わたしは周りが見渡せるようになっていた。

そのいとこは、わたしよりも1歳年下なのに、
わたしよりも一回り、体が大きかった。
そのため、年下のいとこのお古を貰って着せられた。

わたしの母というのは、美的感覚にすぐれた人だったんだとおもう。
センスがいい、とも言える。
幼稚園、小学校低学年の頃には
やっぱり女の子らしい赤やピンクのものを着たかったんだけど
わたしの顔立ちには、紺色やグレーなどの落ち着いた色合いが似合う、
という母の意見で
常に地味な服を選んで着せられていた日常だった。

そこにふいに飛び込んでくるお古の洋服。


これがまた、見事にオレンジ色のオンパレードだった。
パジャマにしてもディーオールだったり、
夏に着るスモックにしても、芦田淳の作品だったり、言わば、一流品のお古だった。
母は、父の妹の子であるわたしのいとこのお古を
たいそう有り難がって貰い、このわたしに着せた。

いとこの父親は、医者だった。



わたしとしたら、それは屈辱以外のナニモノでもなかった。
普段、着れないような華やかな色やデザインのブランド服でも
お古とはいえ、ほんの数度しか袖を通していないような新古品同然のものだったけど
わたしはオレンジ色が嫌いな色になっていた。





最近になって、
台所グッズなどに、自然にオレンジ色のものを取り入れている自分に驚いている。
拘りが0になったか、といえばやはり嘘になる。
でも薄くなってきたのかな・・ようやく・・・。
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by 001_Thief | 2004-09-09 23:09 | @親戚との関係
「足りる」ということ

わたしの生家は、裕福ではなかったけど、特に激に貧しいというわけではなかったと思う。
でも、祖母も父母も、いわゆる見栄っ張りだったから(苦笑

毎年、この季節が来るとわたしは口の中が苦くなる。
そう、思い出すのだ。
親戚、いとこが集まる夏休み。

父方のいとことのつきあい方と、母方のいとことの付き合い方は微妙に違っていた。
それは教えられずとも、幼いながらに肌で感じて悟っていた。
父は長男だったので、我が家に父の妹2人が子供を連れて帰省して来る。

彼らが来ると、お寿司をとった。
でも同じテーブルでそれを囲むことはなく、
彼らに出した残りをわたしたちいつものお膳に祖母が持ってきた。
「早く食べちゃいなさい」

わたしは、箸をつけることができなかった。
祖母や父母に見栄があるように、わたしにもプライドはあった。
残飯処理のような感じがして、それを促す祖母の神経もその時は疑った。
単に
いつもは食べられないいいネタのお寿司だし、
時間がたつといたむから、早く頂いちゃいなさい、という意味なんだろう。


わたしは、「食」というものに関して今、ひどく貪欲である。
スーパーに買い物に行って、あれもこれもとカゴ一杯に買いこんでしまう。
いつも後悔する。
でも・・・
冷蔵庫に食べ物が一杯に満たされていないと
心が空虚な気分になってしまって、落ち着かないのである・・・。



「足りる」ということを知りたい。
一時は金利のつくお金を借金してまで、食費に当ててしまっていた時期がある。
これはもう15年近くも前のことになるが。


この夏休みの時期、
わたしはいつも憂鬱になる。
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by 001_Thief | 2004-07-21 10:25 | @親戚との関係